【話題の洋書を翻訳】世界と日本の借金の歴史:古代メソポタミアから第二次世界大戦まで

歴史を勉強していると、しばしば見かける借金に関しての記載。
世界史ならばフェリペ二世の「バンカロータ」、日本史ならば鎌倉幕府などが行った「徳政令」が有名でしょうか。
ですが、今から5000年前以上に栄えた古代メソポタミア文明においても、借金に関する記述がしっかり残っていることはご存知でしょうか?
このように、借金の歴史は人類の文明の歴史と言い換えても過言ではないんですね。
さらに、日本があの太平洋戦争に邁進した要因の一つにも、多額の借金が挙げられると言われています。

今回は日本における借金の歴史・現状についてはもちろん、日本語での情報が入りにくい世界の借金事情において、洋書の和訳を通して詳しく・分かりやすくまとめてみました。
読み終えていただければ、きっと歴史に対する新しい視点を手に入れることができますよ!

借金の歴史は5000年以上前にさかのぼる!謎の民族シュメール人も借金をしていた

少し前に「楔形文字を解読したら、その内容は<商人へのクレームと返金要求>だった」という報道がなされたことは、記憶に新しい方も多いことでしょう。楔形文字を使っていた古代メソポタミア人が、非常に発達した文明を持っていたことがよくわかりますね。

古代メソポタミア文明は、紀元前3500年前後にどこからともなくやってきた謎の民族・シュメール人により急速に発達した世界最古の文明と言われています。
あまりにも何も分かっていない上、現存している資料は非常に目が大きく表現されていることから「宇宙人説」まで囁かれるシュメール人ですが……。
そのルーツは置いておくとして、はじめて文字を発明したとも言われる彼らが「最古の借金に関する文献」を残していることは、むしろ当然とも言えそうですね。

それでは、詳しく解説していきます!

①古代メソポタミアには「借用書」が存在した!?

今回、人類の借金史を解説していく上で非常に重要な情報源とさせて頂いたのが、アメリカの人類学者”David Graeber”氏による著作”Debt:The First 5,000 Years”。直訳するとそのままズバリ「借金:はじめの5000年」となります。
この本は合計500ページを超えるためとてもすべてを紹介することはできませんが、ほんの僅かをかいつまんで引用・翻訳させて頂きました。(翻訳は意味の通りやすさを重視して行っています。)

Mesopotamia (3500-800 BC)

 

We have already had occasion to note the predominance of credit money in Mesopotamia, the earliest urban civilization that we know about.

 

In the great temple and palace complexes, not only did money serve largely as an accounting measure rather than physically changing hands, merchants and tradespeople developed credit arrangements of their own.

 

Most of these took the physical form of clay tablets, inscribed with some obligation of future payment, that were then sealed inside clay envelopes and marked with the borrower’s seal.
The creditor would keep the envelope as a surety, and it would be broken open on repayment.
(Debt:The First 5,000 Years P.214より引用)

 

メソポタミア(紀元前3500年~紀元前800年)
私たちはすでに、最古の文明都市と知られるメソポタミアでは信用貨幣が力を持っていたという文献を得ています。
すばらしい神殿と宮殿の複合施設において、多くのお金は会計手段として使われただけではなく、むしろ自然と商人たちは自分たちの信用取り決めを発達させることになりました。
これらのほとんどは粘土板を用いて将来の支払い義務を記録したもので、粘土の封筒に入れられ、借り手の判が捺されています。
貸し手はこの封筒を補償として手元に置き、お金が返済されたときに壊されたのでしょう。

ちなみに「粘土板」と、誤訳のように思える「粘土の封筒」の画像はこちら。

ちなみに「粘土板」と、誤訳のように思える「粘土の封筒」の画像はこちら。
シカゴ大学・東洋研究所の公式HPより引用(英語)

こちらは借金ではなく「土地の所有権でもめた」男性の裁判記録なようですが、構造の上ではほとんど変わりないでしょう。(そもそも紀元前に公的な裁判が存在した、というのも驚きですが……。)

ちなみにこのころすでに「利息」(貸し料)の概念は存在したようです。つまり、借り手は貸し手に「借りたお金+α」を返済する必要があったわけですね。
契約内容を記録し、貸し手が所持するという点では粘土製であることを除き現在の日本の借用書と全く変わりがありません
先で紹介した「商品クレームの粘土板」にしても、都市部に住んでいた古代メソポタミア人の生活は私たちとさほど大きく変わらなかったのかもしれませんね。

②利息の計算方法は闇金と同じ?さらに事実上の「借金の帳消し」も行われている

日本史で出てくる「徳政令」。これはすべての借金を帳消しにする命令のことを言いますが……。
実は鎌倉幕府が徳政令を発する3000年以上前、古代メソポタミアでも似たようなことが行われていたんです。

the principle of lending at interest, even compound interest, was already familiar to everyone.
In 2402 Be, for instance, a royal inscription by King Enmetena of Lagash-one of the earliest we have–complains that his enemy, the King of Umma, had been occupying a huge stretch of farmland that had rightfully belonged to Lagash for decades.
He announces: if one were to calculate the rental fees for all that land, then the interest that would have been due on that rent, compounded annually, it would reveal that Umma now owes La gash four and a half trillion liters of barley.
(Debt:The First 5,000 Years P.216より引用)

 

貸付の仕組みは複利でありながら皆によく知られていました。
紀元前2402年、例えば最も古いものとして知られる、ラガシュ※1 のエンメテナ王による王家の碑文は、ウンマ※2 の王が、ラガシュが正当に数十年所持している巨大な農地を占領していると彼の敵への不満を述べています。
彼は公式に発表しました。「もしすべての土地の貸付料を計算したなら、その貸付料は毎年増えるように支払われるはずで、ウンマはラガシュに4.5兆リットルの大麦を支払う義務があるはずだ」

※1 メソポタミアの都市国家の一つ。
※2 ラガシュと敵対する、別のメソポタミア都市国家。

複利とは、「はじめに借りたお金」に対してではなく「はじめに借りたお金+利息」をもとに利息が発生する仕組みを指します。つまり、利息に利息が付いて借金がどんどん膨れ上がってしまうわけですね。
現在の日本のローンは単利(はじめに借りたお金に対してのみ利息が発生)が使われますが、いわゆる闇金は複利を採用していることもあるようです。
ちなみに4.5兆リットルの大麦とは東京ドーム約3600個分に相当するようですが、こんなもの支払えるはずがありませんよね。

The sum was, as in the parable, intentionally preposterousy It was just an excuse to start a war. Still, he wanted everyone to know that he knew exactly how to do the math.
Usury-in the sense of interest-bearing consumer loans-was also well established by Enmetena’s time.
The king ultimately had his war and won it, and two years later, fresh off his victory, he was forced to publish another edict: this one, a general debt cancellation within his kingdom.
As he later boasted, "he instituted freedom (amargi) in Lagash. He restored the child to its mother, and the mother to her child; he cancelled all interest due."

 

その金額は例え話のようでしたが、意図的でばかげた、ただの戦争を始めるための言い訳に過ぎませんでした。
ただし、彼は民衆に彼が正確に計算したことを知ってほしいと思いました。高い利息付きのローンはエンメテナ王の時代にも十分に確立されていたのです。
エンメテナ王は最終的に戦争を行い、勝利しまもなく何か命令を出すことを強いられました。これが、彼の王国の範囲内での借金の帳消しです。
彼が後々誇ったように、彼はラガシュに自由(アマギ)をもたらしました。彼は子供を母のもとに、母を子供のもとに返し、支払うべき利息を帳消しにしたのです。

「子供を母のもとに、母を子供のもとに」というのは債務奴隷(借金のカタとしての奴隷)の開放を表します。
これが世界史初の「借金の帳消し」の記録。すでに4000年前には徳政令を出さなければならないほど、借金に苦しむ人が増えていたわけですね……。

このとき、ラガシュ王エンメテナとウンマ王イルの間に結ばれたのが世界初の同名文書とも言われています。
このころ日本は縄文時代だと思うと、メソポタミアの発展スピードの恐ろしさが分かりますよね……。

③「目には目を」でおなじみ「ハンムラビ法典」にも借金に関する記載がある

「目には目を、歯には歯を」という言葉を聞いたことがありますよね。
こちらはメソポタミア文明において、もっとも有名な「ハンムラビ法典」の一文。紀元前18世紀後半に発布された法典ですから、前述のエンメテナ王より600年ほど時代が下ることになります。
このハンムラビ法典には、以下のような条文があります。

48. If any one owe a debt for a loan, and a storm prostrates the grain, or the harvest fail, or the grain does not grow for lack of water; in that year he need not give his creditor any grain, he washes his debt-tablet in water and pays no rent for this year.

 

48条:人に借金があり、嵐のせいで収入を得られなくなったり、収穫に失敗したり、水不足のために穀物が育たなかった場合、人は貸し手に穀物を与える必要はなく、彼は借金を記した板を水で洗い流し、その年は貸借料を支払わなくて良い。

117. If any one fail to meet a claim for debt, and sell himself, his wife, his son, and daughter for money or give them away to forced labor: they shall work for three years in the house of the man who bought them, or the proprietor, and in the fourth year they shall be set free.

 

117条:人が借金の支払い義務を果たさず、さらに彼自身、彼の妻、息子、娘を金のために売るか、強制労働に出さなかった場合、彼らは買い手か所有主の家で3年間働くことになるが、4年後には自由の身となる。

152. If after the woman had entered the man’s house, both contracted a debt, both must pay the merchant.

 

152条:女性が男性の家に入った後(結婚後)、両者が借金の契約を結んだのなら、両者が商人に支払いを行わなければならない。

イェールロースクールのHPに記載してあった条文をさらに意訳したもの(アッカド語→英語→日本語)であるため、若干元の内容と齟齬のある可能性があります。

実はハンムラビ法典、282もの条文から成るため、他にも借金について言及されている場所はあるのですが、とりあえずはそのうちの3条をまとめてみました。
嵐でやむを得なく収穫を得られなかった場合、つまり支払い能力がない場合には借金の返済義務が免除されるという点などは、今の「自己破産」制度と変わりありませんね。ただし、やむを得ない理由が認められなかった場合には3年間の労働が課されていたようです。

メソポタミアの例を見てみるだけでも、文明と借金の歴史はセットで、切るに切れない関係であることが分かりますね。

④以降の借金に関係する世界史の動き

“Debt:The First 5,000 Years”には古代エジプトなどについて、他にも多くの興味深い記載がなされているのですが500ページすべてを紹介するわけにもいきません。
ここでは大学入試のセンター試験で問われるような主な世界史の動きの中から、「借金」と関係のあるものをいくつかピックアップしてみました。

★ソロンの改革

時期 紀元前639年
~紀元前559年頃
古代ギリシャ
出来事 古代ギリシャ文明の都市「アテナイ」(アテネ)の政治家、ソロンによる「ソロンの改革」実施。

債務奴隷(借金を支払うために奴隷として働くこと)を廃止した。(借金の帳消し)
また、アテナイ市民を担保として金を貸すことを禁止した。

★ユリウス・カエサルによる独裁政治

時期 紀元前1世紀頃 共和制ローマ
出来事 ユリウス・カエサルによる独裁政治。この頃、カエサルは借金を軽減させる法律を通過させた。
ちなみに政治家として成功する前から多額の借金を抱えていたことで有名。

★フェリペ二世のバンカロータ

時期 16世紀頃 カスティーリャ王国
(スペイン)
出来事 もともとスペインの借金が膨らみすぎていたこともあり、4回の「バンカロータ」(国庫支払い停止宣言・つまり破産)をフェリペ二世が宣言。ただしこの後も細々借金は返済し続けた模様。

★ドイツ(ワイマール共和制)のハイパーインフレ

時期 1919年~ ドイツ国
(ワイマール共和制)
出来事 第一次世界大戦後、共和制ドイツでハイパーインフレーションが発生。
最も大きな要因は第一次世界大戦時にヴェルサイユ条約で課せられた賠償金を紙幣の増産などで返済しようとしたことにあるものの、戦時中に発行した多額の国債(国の借金)の返済も要因の一つだった。
お札を積み上げて遊ぶ子供の写真で有名。

その他にもいろいろありますが、メソポタミアの例でもお伝えしたように文明の歴史と借金の歴史はほぼセット。
場所や時代を問わず、経済がある程度発展すれば必ず「借金」という概念は生まれてくることが分かりますね。

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金融の歴史の要となる「ユダヤ人」とその教え

借金に関する歴史を紐解いていくと、必ず重要になるのが「ユダヤ人」の存在。
ユダヤ人の定義には諸説ありますが、ここでは「ユダヤ教を信じる人々」をユダヤ人として解説していきます。

①なぜユダヤ人は金融業で成功したの?

ユダヤ人、というとどのようなイメージを抱かれるでしょうか?
ナチスドイツによる迫害、イスラエル・パレスチナ問題、あるいはキリスト教の興りを連想することもあるでしょう。

ナチスドイツにまでは至らなくとも、彼らは主にヨーロッパの歴史の上で常に迫害され続けてきました。
ユダヤ教はキリスト教で言う「旧約聖書」を経典とする宗教で、キリスト教・イスラム教の源流となっています。(アブラハムの宗教)
それなのに、なぜユダヤ教はキリスト教徒が大多数を占めるヨーロッパで迫害されて来たのでしょうか?

中世ヨーロッパではキリスト教(ローマ・カトリック)が政治・学問や税制度に至るまで、すべての基本となっていました。
キリスト教徒ではないことはすなわち「一般市民」の枠から外れることを意味し、コミュニティの力を借りずに、あるいは同胞のもとで生きていくことを強いられることとなりました。神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がローマ教皇であったグレゴリウス7世に「破門」を宣告されたため国政を行うことが困難となり、雪の中で3日間立ち続けて許しを請うたという「カノッサの屈辱」は有名ですね。

そんなキリスト教第一主義だった時代、ユダヤ人は異教徒であることに加え、「キリスト殺し」の罪を負うとされ激しい攻撃の対象となりました。
(他にも「他民族と同化しないから」「選民思想を持っているから」など、面白く思われない要素は多々あったようですが……。)
さらにその後、ユダヤ人の歴史に大きく及んだ法令が出されたのが11世紀頃となります。

★グレゴリウス7世によるユダヤ人への公職追放

時期 11世紀頃 神聖ローマ帝国
ローマ教皇領(バチカン)
出来事 カノッサの屈辱で知られる、ローマ教皇グレゴリウス7世によるユダヤ人の追放。
ユダヤ人たちに厳しい職業制限が設けられることになり、結果的にキリスト教徒に禁じられている金融業を営むきっかけに。
※神聖ローマ帝国は現在のドイツあたりに位置した国で、特にローマ帝国の直系でも、ローマを含むわけでもありません。

とりあえず前提として、キリスト教(とイスラム教)では教義の上で利息を取り、金を貸すことが禁止されていました。
ただしユダヤ教の教義では「兄弟から利息を取ってはならない」という程度。つまり、ユダヤ人は異教徒相手なら利息を取って金を貸すことができたわけですね。

教皇の権限、つまりキリスト教の力が特に強かったグレゴリウス7世の頃、ユダヤ人には職業制限がかけられるようになり、土地を持つことも禁止されてしまいました。
そこでユダヤ人が見出した活路が、異教徒、つまりメインストリームであるキリスト教徒から利息を取ってお金を貸す、金融業だったわけです。

これまでも述べてきた通り、文明の歴史は借金の歴史。当然キリスト教徒の中にもお金を借りたい人は多数存在しました。
ユダヤ人はキリスト教徒の就くことのできない金融業を独占し、非常に豊かになっていったわけですね。
教義で禁止されている金融業は、当時のキリスト教徒にとって見ると非常に卑しい職業に映りました。そんな人々がどんどん経済的に力をつけていくわけですから、当然面白くありません。

実際のところ、キリスト教世界でユダヤ人が疎まれ続けてきた大きな原因は「お金持ちだから」というものなんです。
ユダヤ人の追放をうたうヒトラーが民衆の支持を得た理由の一つにも、「第一世界大戦の賠償金とそれによるハイパーインフレで国民が苦しんでいるところ、ユダヤ人は裕福に生活している」といった不満の蔓延が挙げられるようですね。

そんなユダヤ人たちではありますが、現在でも力は世界に及び続けています。
大富豪の代名詞としても有名な財閥・ロスチャイルド家も代々ユダヤ人の家系で、その栄華のはじまりも銀行業によるものでした。
世界史の上でもたびたび重要な存在となるユダヤ人たちではありますが……。
これを「金融の歴史」として見ていくと、西洋の金融業界の発展はユダヤ人の存在無しに語ることはできないことが分かりますね。

Historically, there have been only two effective ways for a lender to try to wriggle out of the opprobrium: either shunt off responsibility onto some third party, or insist that the borrower is even worse.
In medieval Europe, for instance, lords often took the first approach, employing Jews as surrogates.
Many would even speak of "our" Jews-that is, Jews under their personal protection-though in practice this usually meant that they would first deny Jews in their territories any means of making a living except by usury (guaranteeing that they would be widely detested), then periodically turn on them, claiming they were detestable creatures, and take the money for themselves.
The second approach is of course more common. But it usually leads to the conclusion that both parties to a loan are equally guilty; the whole affair is a shabby business; and most likely, both are damned.
(Debt:The First 5,000 Years P.11より引用)

 

歴史的に、金貸しが汚名から逃れるための効果的な方法は2つあり、それは「責任を第三者へ受け渡す」ことか「借り手がより悪いと主張する」ことです。
例えば中世ヨーロッパにおいては、主人は代理人としてユダヤ人を雇うと言う1の方法を取りました。
多くの人たちは個人的な保護下にあるユダヤ人が(金貸しを)口にしたと言ったのでしょう、実際問題としてこれが彼ら(キリスト教徒)の、高利貸―これが、ユダヤ教徒が嫌われる原因となっています―を排除する手段で、キリスト教の領域におけるはじめのユダヤ人迫害を意味しました。
その頃は定期的に彼ら(ユダヤ人)と敵対し、いまいましいやつらで自分たちのために金を得ると主張しました。
二つ目の方法はもちろん、より一般的です。
ただし、それは普通ローンの関係者のどちらにも等しく非があるものとして処理され、その事件の全貌は卑しいビジネスで、大概はどちらも忌まわしい者です。

▲Debt:The First 5,000におけるユダヤ人の登場するシーンの一部。ユダヤ人を雇い入れて金貸しの責任を押し付けると言ったこともなされていたようですね……。
キリスト教世界における「金貸しといえばユダヤ」といった風潮は、今でも続いています。

ちなみに中世も末期になると、キリスト教徒の間でも利息を取った貸し借りが一般的になっていた様子。
一方、イスラム教系の銀行は教義(イスラム法「シャリーア」)に則って今でも金利をつけずに融資を行っています。

②日露戦争時、日本に大金を貸し付けたのもユダヤ系アメリカ人

日本でユダヤ教徒の方を見かけることはほとんどないため、遠い国の遠い出来事のようにも思えますが……。

実は1904年に勃発した日露戦争で発生した借金を返済し終わったのは1986年(昭和61年)とごくごく最近。
そしてこのとき、日本へ2億ドル(当時)ものお金を貸し付けたのもユダヤ人でした。大政奉還から40年も経っていないこのころの日本は、自費で大国ロシアと戦って勝つだけの経済力を持っているはずもなかったからです。
(ちなみにこのとき、多額の国債を購入したユダヤ人ヤコブ・シフ氏は明治天皇より勲一等旭日大綬章を賜っています。)

世界の金融を握るユダヤ人は、このように戦争の結果すらも左右する力を持っていました。そしてそれは、日本の歴史にも大きく関わっています。

「歴史にIFはない」とはよく言うものですが……。
もしも旧約聖書で異教徒への貸付が禁止されていたら、もしもユダヤ人が公職を追われず金融を牛耳ることがなかったら、もしも日露戦争時にお金を借りることができなかったら……。
歴史の教科書は私たちが知っているものから、大きく書き換えられることになるでしょう。

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日本における借金の歴史と現状

ここからは、私たちの住む国日本における借金の簡単な歴史と現状を解説していきます。

①「宝の山」正倉院にも借金の証文が残っている

奈良の大仏の制作命を出したとして有名な聖武天皇。(8世紀前半:奈良時代)
彼の遺した「宝物庫」として名高い正倉院もまた、小学校の歴史の授業で登場するほどに有名かつ貴重な国宝として知られています。
ですがこの正倉院では、唐やペルシャなどからの貴重な輸入品と一緒に借金の証文が多く発見されていることはご存知でしょうか?
この貸し借りにはすでに利息の概念があったようで、月10%ほどの金利が設定されていたようですね。(ちなみに月10%の金利でお金を貸し続けると、現代日本では闇金扱いとなります。)

この後も日本の歴史とともに金融システムは発達して行きました。
ユダヤ人こそ登場しませんが、そもそも日本人は宗教の上で金融業が禁止されていませんから、気兼ねなく(そして他民族に責任を押し付ける必要もなく)金融業を営むことができたわけですね。

為替手形・約束手形系:13世紀中ごろに、替銭 ・替米という送金システムができあがり、そのために作成された為替文書が替文・替状である。このほか、借用証 書として作成された利息付きの替銭もあった。

中世の代表的な金融機関としては、土倉を挙げることができる。土倉は、寺院の 祠堂銭(しどうせん)をはじめとした民間からの出資金あるいは預かり金である合銭を基礎として貸付けを行っていた。利益は利子というかたちで出資者に還元された。

(いずれも日本銀行金融研究所の公表論文:PDFより引用)

室町時代前後に栄えた「土倉」(どそう)は、日本銀行金融研究所の記述を見る限り今の信用金庫と全く同じシステムを確立していることがわかりますね。

CHECK銀行と信用金庫の違いって?

ちなみに、鎌倉幕府が出したものとして「徳政令」が有名ですが、御家人たちの主な借入先も土倉であったようです。
また、質屋の存在も鎌倉時代にはすでに確認されています。

<「アイス」が闇金の隠語だった?>

尾崎紅葉による著名な小説である「金色夜叉」。名前を聞いたことはあるものの、実際に読んだことはないという方がほとんどではないでしょうか?
あらすじを簡単に言うと「金に目がくらみ自分を裏切った婚約者へ、自暴自棄となった主人公はいわゆる<闇金>となり……」というもの。
この小説ではしばしば「アイス」「美人クリーム」といった名称が登場しますが、これは闇金、つまり高い金利で金を貸す「高利貸」を指します。高利貸→こうりかし→こおりがし→アイスクリーム、というわけですね。美人クリームは美しい女性の高利貸を指します。

 

「アイス」たる主人公は当然多くの人の恨みを買いますが、「金色夜叉」、つまり金の鬼となってしまった彼は容赦なく借金の取り立てを行います。
明治時代当時の人々の風俗や経済事情、「闇金」の世界を覗けるのはもちろん、単純に当時大ヒットし続編・続々編まで執筆されただけあって非常に面白いので、興味があればぜひ手に取ってみてくださいね。(作者の死によって続々編の途中でお話は途切れてしまいますが……。)

②GDPの2倍もの借金を背負ってしまった原因は何?

日本においても、古代から続いてきた借金の歴史。
江戸時代までは借金も国内ばかりのもの、いざとなったら徳政令で何とかなってきたものの……。
開国し、諸外国と関わりを持つようになってからはそうもいきません。前述したように、すでに日露戦争の頃には多額の借金を諸外国から負うようになりました。

とは言え、現在よく言われる「日本の借金」が膨らんだ原因はバブル崩壊と経済発展の停滞、少子高齢化によるため、意外と歴史は浅いもの。
バブル崩壊後の大不景気の中、国民から徴収できる税金も非常に少なくなってしまいました。かといって、収入がなければ国が成り立ちません。
この中で「国債」、つまり国の借金が必要になり、それが雪だるま式に増えて今に至る、というわけですね。(他にも要因はありますが……。)GDP(国内総生産)の2倍という債務は、残念ながら現在ギリシャを抜いて世界一となってしまっています。

ただし、現在の「国の借金」は諸外国への借金ではない、ということにはくれぐれもご留意ください。諸外国への債務は、バブル期までの経済成長によりほとんど解消できているんですね。

喧伝されている「国の借金」は、「日本政府が」「日本国内から」「<円>という単位で」借りているお金がほとんどを占めています。
もちろん借金が多いことは決して良いことではありませんし、対策も求められますが……。
第一次世界大戦後のドイツや数年前に財政破綻したギリシャのように、外貨を獲得し外国へ支払うを行う必要はなく、今すぐに財政危機を迎える心配はほとんどありません。

詳しい「国の借金」の仕組みについては、「日本国の借金について」のページをご覧ください。

まとめ

★人類の借金歴史は古代メソポタミア文明にまでさかのぼる!約5000年前にはすでに「借用書」が、約4400年前には「徳政令」が存在した
★人類の発展と金融業の発達は切るに切れない関係。利息を付けた貸付が禁止されていたキリスト教世界ではユダヤ人がその役目を担うこととなり、その流れは今も続いている
★日本においても古代から借金の記録が残っており、日露戦争時には多額のお金をユダヤ系の銀行から借りたこともあった
★ただし今言われる「日本の借金」の歴史自体は浅く、バブル崩壊後に膨らんだもの。また、日露戦争時とは違いあくまで「国内」から借りた借金である

何となく丸暗記してきた、という歴史上の出来事においても、その背景を知ることでより立体的に・面白く捉えられるようになります。
5000年前から今に至るまで、人々が同じ「お金の貸し借り」で悩み続けてきたと考えると、遠い国の歴史もより身近なものに感じられますね。

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